精神衛生の管理こそ院生とPDが気をつけるべきこと

「研究者としてやっていくために最も必要なことはなんですか?」

研究業界に入り、早○○年になるが、この問いに対しては幾多の答えを聞いてきた。
「無限の探究心」「ビジョン&ハードワーク」「ユニークな発想」「Stay hungry」多くの”格好いい”答えの中、最も僕が頷いたのは「鬱にならないことかな」という言葉である。

そう。あなたがアカデミア業界にいるならば、ほぼ100%の割合で、「精神を病んで消えてしまった知り合い」がいるのではないだろうか。もちろん僕にも消えてしまい音信普通になってしまった友人知人が少なからずいる。

博士課程やPD期間は「将来への不安」「閉鎖的な環境」「データ/論文を出すことへのプレッシャー」「乱れがちな生活リズム」といったうつ病を発症し易い環境下に置かれる。

例えば、

実験すれども出ないデータ、一向に筆の進まない論文、次々に溜まっていくタスク、優秀な後輩の台頭、同期の輝かしい業績、、、そういった物は「このままじゃいけない。もっと頑張らないと」と考える真面目な院生の精神を蝕んでいく。精神を病みだすと、無気力&後ろ向きになり、ささいなことでも凹みやすくなる。そして、実験だの執筆だのには腰が重くなり、ますます焦燥感は募っていく。「このままじゃダメだ・・・」と思うのに、何故か気が付くとネット上をとりとめもなく徘徊している・・・。

見かねた教官は叱責するかもしれない。もちろん多くの場合それは激励の意図で行われるが、精神を病み始めた院生にはさらなるプレッシャー以外の何物でもない。どうやらあの優秀な後輩はそんな自分を嘲笑しているようだ。自分の実験スペースにはホコリが溜まりだし、もう次の実験のときにはストック試薬を作り直す必要があるかもしれない・・・ああ面倒くさい、億劫だ、もうやめたい・・・。

やがて、ラボに来なくなる日が増え始め、いつしかぱたりとラボに姿を見せなくなる。

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上記の過程は全くの想像だが、ある典型的な例としてそう的外れでもないと思う。
あとは指導教官との軋轢からの精神崩壊例もよく聞く例だが、それはまた別の機会に・・・。

僕が主張したいのは、「常に『うつ』になる危険性を考えて、無理に自分を追い込むこと勿れ」、これである。著名人の輝かしいアドバイスがすべての人間にとって最善であることなんて決してない。

うつの怖さは、気分の停滞によるあらゆる作業速度の著しい低下のみならず、以降の人生に差し支えるほどの精神的な不安定性、ひいては自殺にまで至ることすらあることだろう。しかしながら、このリスクは(アカデミア界に限らず)、現在の日本では過小評価されている。20・30代の死亡原因の一位は自殺であり、うち少なくない数がうつと関連している。

最近でこそ、「うつ病」への理解は進み、メンタルケアの重要性が叫ばれるようになったが、まだまだ「『鬱』なんて怠けの一種だろう」と思っている人間は多々存在する。自分自身でうつの予防をしなければいけない。最近どうも鬱っぽいな、と言う日々が続くようなら、迷わずメンタルクリニックに行こう。他人に話を聞いてもらうだけで心は休まる。たまにはペースダウンすることも重要なことである。

どんなにハードワークで頑張ろうとも、鬱でぱたりと消えてしまってはそれ以前の頑張りは水の泡。データや論文の前に、まず自分の精神衛生状態を良好に保つことを心がけよう。


恐らく読者の中には「うつ」になったことがない人も多いだろう。
そんなの怠けてるだけだろう、と思っている方も多いだろう。
そういう方々は、ちょっと鬱について調べてみて欲しい。
知識として知っているだけでいい。自分とは違う他人が居ることを理解することは、恐らくこれから出会う人間との関係性についてプラスの効果をもたらすはずだ。