原稿を返すまで

「当論文について、ご意見・修正・コメントなどをよろしくお願いいたします」というお願いは研究業界ではありふれた依頼である。

現在の科学界において、単独で書かれる論文は稀であり、多くの場合論文には「共著者」が存在する。そのため、ある程度論文原稿が形になると、上記のような決まり文句と共に原稿ファイルが共著者達に送られることになる。

最も身近な「共著者」は、大学院時代の指導教官や、PD先のボスであろう。
彼らは多くの場合「責任著者」の座にあり、彼/彼女らの承諾なしに論文が投稿されることは無い(稀に、このステップを飛ばして投稿しようとしてしまい、PIに大目玉を食う院生を見かける。院生の初めての論文投稿なら大目玉程度で済むだろうが、PDがこれをやったら即座にクビが飛んでも文句は言えない)

つまり、PIが原稿に目を通してくれない限り、論文投稿へは絶対に到達しない。



多くの見聞とわずかな経験から大袈裟に言うと、PIには二種類の型が存在する。
「受け取った原稿を即座にチェックして返してくれるPI(速攻型)」と「受け取った原稿をなかなかチェックせずに数ヶ月放置するPI(放置型)」である。(この中間に位置するPIの話はあまり聞かない。最も、普通すぎて話題になりにくいだけという可能性も十分にある)

両PIの長所短所は耳にするが、やはり原稿が返って来るまでは早い方がありがたいのは確かだろう。
原稿が返って来るスピードが速ければ、それだけスムーズに投稿まで到達できるし、大幅な修正や追加実験の要求にも対応しやすい。
逆に、何ヶ月も原稿が返って来るのを待った挙句、大幅な修正・追加データなどを求められると、内心「もっと早く言ってくれ!」と思ってしまうだろう。学振申請までに一本増やしたい院生・学位がかかっているD学生・論文業績が就職に響くPDの立場に立てば言うまでもないが、論文投稿までにかかる時間は短ければ短いほど良い。まして、研究は多くの場合、他の研究者との競争である。原稿が共著者のデスク上で眠っている時間ほどもったいない時間はない。



僕は○回目のPDの時、放置型のPIについた。
このPIは多くの「放置型PI」とは異なり、あまり忙しくないにも関わらず何ヶ月も原稿を放置することがザラであった。その時に感じた怒りと苛立ちを教訓に、僕は必ず1週間以内に原稿を返すことを自分へのルールと課している。

従順なイエスマンである僕ができる、精一杯の反抗であった。
素晴らしいことに、この反抗は誰の損にもならない。だいたい自分が共著になるような論文のチェック&修正など、半日もあればほとんど終わる。


「速攻型PI」はこうして生まれるのかもしれない、と思っているのだが真実はどうなのだろうか。いや、そもそもPIになることができれば、だが。