バッタ博士 前野ウルド浩太郎

帰って来たバッタ博士 前編 後編

過去にもたびたび言及している前野氏だが、なんとプレジデント誌のオンラインサイトに特集記事が出ていた。

無給PDとしてアフリカで研究する彼が、日本で最も競争的・理想的ポストの1つである京大・白眉プロジェクトに採用されたさいに行われたインタビュー形式の記事である。
彼を知っている人も、知らない人も是非一読してほしい。
僕は、研究者としても、1人の人間としてもこんなにも魅力ある人物を他に知らない。

記事を読んでいただければ分かるが、やはり業績も能力もある彼には、無給PDの間にもポストの打診が来ていたようだ。だが、彼はその誘いを断ったとのこと。「自分でなくても替えが効く」とポストの誘いを断ることが出来るPDなんて彼を置いて他にいないだろう。少なくとも僕には思いつかない。まして無給PDならなおさら。

替えが効かない」というのは本当に研究者として誇りを持っていいことである。自らの知識と技術がどの程度汎用的なものかを正しく判断すること自体に一定の能力が必要であり、それを分かった上で(彼は確実にわかっているだろう)そう断言するには相当の自信がないといけない。温厚で陽気そうな彼が、いかにバッタ研究に自信と自負を持っているかが伺える。

そして「誰かがお前を発見する」といったババ所長の言葉どおり、京大が彼を発見したわけだ。思う存分能力を発揮できる環境を与えられた彼の今後から目が離せない。

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京都に赴任した後の具体的な目標に、彼は「5年で(論文)30本」という具体的な値を挙げている。これは同じ研究者としては信じ難い数字である。プロ野球に喩えるなら、3割5分、50本、130打点くらいではないだろうか。大研究室を主宰する重鎮が、責任著者や共著者として名を連ねる論文の数としてならそんなに難しくない数字であるが、自らが手を動かし、自らが原稿を書かねばならないPDとしてはとんでもない数字である。
しかし、彼がホラ吹いているわけではないことは彼の過去の実績(年間2-3本ペース。これも既に凄い)と記事からほとばしるその情熱を見れば明らかである。


また、僕が特に言及しておきたいのは、エンターテイメントに傾倒するあまり研究をおろそかにしてはいけないという彼の姿勢である。当然のことであるが、やはり「研究者」と名乗るからには「研究」を第一にするべき。つまり「論文」を出し続けなければ自らを「研究者」と名乗る資格なぞないと思う。
逆に、論文さえ出し続けていれば、研究者の本分は果たしているだろう。合間の時間でどんな活動をしようとそれは個人の自由。

「研究がおろそかになっている」という批判する人を黙らせるためにも、是非目標値を達成して欲しい。









・・・そして、5年で30本とはいわないが、年間1本のボーダーはクリアできるようがんばろうと呟く僕でありました。